「伝統工芸品「東叩き棒」」の版間の差分

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  調べに対して男は「東の方を攻める艦隊が必要だ」などと支離滅裂な供述をしているため、茨城県警は鑑定留置を視野に入れて慎重に捜査をしている。
  調べに対して男は「東の方を攻める艦隊が必要だ」などと支離滅裂な供述をしているため、茨城県警は鑑定留置を視野に入れて慎重に捜査をしている。


==艦国人留学生 東叩き棒文化を学ぶ==
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消滅危機に晒されている小多村の伝統工芸、東叩き棒の文化を後世に伝えようと保存会が努力している。
昨年春に艦国から留学してきたコ・ピペさんとガ・イジさんは東叩き棒の文化を知って、保存会に是非東叩き棒を作りたいと願い出た。
「願ってもないことでしたので涙が出そうなぐらいでした」と保存会会長は後継者の登場に顔をほころばせる。
東叩き棒は毎年夏に鎮守府神社で行われる終魂祈願祭に用いられる。東の方角を向いて「ずん」と「ずん」が従える悪魔の女の像を目掛けて叩くのだが、
参加者のマナーが年々悪化していき2015年には参加者が乱闘騒ぎを起こして祭は衰退した。
さらに東叩き棒制作の第一人者、東安置氏の死去を受けて後継者不足となり、東叩き棒の伝統は途絶えようしていた。
しかし昨年、動画投稿サイトに投稿された終魂祈願祭の動画が艦国で人気となって、それを真似たアズレン撃沈祭という祭りが執り行われた。
コ・ピペさんとガ・イジさんは小多村で購入した東叩き棒、艦これ棒を購入して撃沈祭に参加。言いようのない興奮を覚えたという。
「撃沈祭は私たちの人生を変えてくれましたが、同時に本場の終魂祈願祭が衰退したと知って悲しみも覚えました。私たちの手でもう一度蘇らせたいです」
と二人は口を揃えて語った。
現在、二人は叩き棒のうち最高傑作と呼ばれる艦これ棒に工夫を加えたものを「艦これ棒第二期」と称してネットで通販を行っている。
棒の一つ一つにはずんを呪う呪詛の言葉を、拙いながらも日本語で書き記されている。
「この夏の終魂祈願祭では多くの若者たちが私たちの作った棒を持って参加すると言っています。非常に楽しみです」
二人の熱意はやがて小多村の熱も上げることだろう。
(文責:綾瀬なずな)
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==脚注・出典==
<references />
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2022年7月3日 (日) 10:46時点における最新版

小多村に伝わる伝統工芸品

東叩き棒は小多村(おたむら)に伝わる伝統工芸の一つである。伝承によれば、室町時代に「ずん」と呼ばれる酒飲み妖怪が村を襲ったことがあり、
一人の村の勇敢な若者が棒を手に戦ったところ、「ずん」は東の方角へと逃げたという。その出来事から村では毎年、東の方角を向いて「ずん」と
「ずん」が従える悪魔の女の像を目掛けて棒で叩く「終魂(おわこん)祈願祭」という行事が行われ、今では日本四大奇祭に数えられるようになった。

東安置(ひがしやすおき)さんは棒を作り続けて十年という若手職人。彼が作る棒は周囲とは一味違い、その時その時の流行を取り入れた素材を
利用しているため最近になって美術品としての評価が高まっている。

中でも安置さんが自信作として取り上げたのは2011年製の「魔法少女まどか☆マギカ」に出てくるキャラクター巴マミのマスケット銃を象った棒と、
2013年に流行したブラウザゲーム「艦隊これくしょん」にヒントを得て軍艦の主砲を象った棒である。2013年製は大ヒットをして今でも売れているとのことだ。

「『ずん』は流行りモノが嫌いな妖怪と聞いていますのでこれからもどんどん流行を取り入れていきますが、今年は伝統的なものにも力を入れたいと思います」

安置さんはそう語る。棒には一つ問題があった。祭で参加者があまりにも思い切り像を叩くためにすぐ折れてしまうのである。どうにかできないかと相談を持ちかけられた安置さんはまず、儚月山の木から作られた棒に着目した。昔はここから素材を調達しており、二十年使い続けても折れず現存しているのが多くあったためである。
だが儚月山は「ずん」のねぐらとされている山であるため、いつしか職人が足を踏み入れなくなった。安置さんは大学と協力して儚月山の木を調査研究し、その結果、通常よりも硬くて棒を作るのに一番適している素材だと判明した。安置さんは今年、タブーを破って儚月山の木の棒を作ろうと試みている。その形はシンプルだが、安置さん曰く易者の筮竹をイメージしているという。

「『ずん』が生み出した悪魔の女が村の易者を殺したという伝承がありまして、易者の恨みを晴らすという意味で作りました」

棒はすでに予約注文が殺到している。夏の終魂祈願祭では易者の筮竹棒が「ずん」を倒す光景が見られるだろう。(文責:安里雷音)

東叩き棒一覧

2006年制作 ハルヒ棒(生産中止)
2007年制作 らきすた棒(生産中止。廃材が鷲宮神社のおみくじ棒に再利用されている)
2008年制作 ボカロ棒(現在は観賞用工芸品として生産されている。海外からの受注多数)
2009年制作 けいおん棒(生産中止。廃材がドラムスティックに再利用されている)
2010年制作 俺妹棒(生産中止)
2011年制作 まどマギ棒(現在は観賞用工芸品として生産されている)
2012年制作 モバマス棒(現在は観賞用工芸品として生産されている)
2013年制作 艦これ棒(好評発売中)
2014年制作 ラブライブ棒(観賞用工芸品に用途変更予定)
2015年制作 ヘスティア棒(生産中止)

鋭意製作中 スプラトゥーン棒 深秘録棒 易者棒

【悲報】終魂祈願祭、ガチでオワコン化

先日14日、小多村の鎮守府神社で開かれた終魂祈願祭で東叩き棒を持った者たち数人が暴動を起こして多数の参加者に重軽傷をおわせる事件が起きた。警察は暴動を扇動した男、御船憲兵容疑者を傷害罪と騒乱
罪で逮捕した。調べに対して御船容疑者は「祭り自体がオワコン化していたから俺たちが新しい祭りを開こうと思った。反省なんかしていない」と供述している。鎮守府神社の宮司田中謙介氏は取材に対し「と
ても残念…」とだけコメントした。

原因はグラブル棒か
容疑者たちのグループが使っていた東叩き棒はいずれも「グラブル棒」というもので、きちんと握らなければ空まで飛んでいってしまうぐらいに軽い素材で作られている。しかし容疑者たちは逆に空まで投げて
遊ぶという使い方をしており、投げた棒が他の参加者に当たってトラブルになった可能性があるとして警察は慎重に捜査を進めている。グラブル棒製作者の東安置氏に取材を試みたが連絡が取れない状況が続い
ている。

いつかこうなると思っていた
神社の近隣住民によると祭りでは常にトラブルが絶えず、今回の事件はたまたま表に出ただけだと言う。「いつかこうなると思っていた。参加者のマナーは悪くただ騒げばいいという連中しかいなかった」と嘆
いた。別の住民は「放置していた神社さんサイドにも責任がある。このまま祭りはなくなって欲しい」と憤った。

終魂祈願祭は必要なのか
そもそも終魂祈願祭の元となった「ずん」伝承は誤りであるという説が濃厚で、祭りの正当性に疑問が持たれている。「『ずん』伝承は国家神道を広めるために鎮守府神社が作り上げたでっちあげで、本来は酒
の守護神として祀られる存在だった」と日本民俗学研究所所長、谷川亮太氏は語る。谷川氏は終魂祈願祭の廃止を訴え続けており、そのために神社関係者と氏子から脅迫を受けてきたという。「相談した弁護士
まで巻き込まれて脅迫を受けてきた。今回の事件をきっかけに国が動いてくれれば」と谷川氏は話す。

鎮守府神社は来年も終魂祈願祭を開くと主張しているが、警察は「取り調べの結果次第では開催中止を要請する」とコメントしている。

【速報】東叩き棒製作者東安置氏、東海道新幹線で投身自殺

4日午前7時頃、東海道新幹線三河安城駅で男が線路に飛び込み、走行中だった新大阪発東京行のぞみ200号に跳ねられて即死した。愛知県警の調査によると男性は小多村に住む東安置さんとみられ、身元の特定を
急いでいる。この事故で現在、新幹線は名古屋~豊橋間の運行を見合わせている。東さんは鎮守府神社の終魂祈願祭で使われる東叩き棒製作職人としてメディアにも取り上げられていた。今年8月に起きた祭りで
の暴動事件で自身が作成した棒が凶器に使われたことから非難が殺到し、行方不明になっていた。

遺書に残された恨み
警察関係者によれば男性の遺留品に「死んでも東を呪ってやる」というメモ帳に書かれた遺書らしきものがあり、裏にはじんぷう経がびっしりと書かれていた。お経ではあるが鎮守府神社では祭事に祝詞代わり
に読まれる。また、別のメモには「今回の事件はずん信奉者による陰謀だ」と書かれていた。警察関係者は「東京行きの新幹線に飛び込んだのも東の方角を苦しめようとしていたからではないか」と考えてい
る。

東氏の事情
東さんをよく知る職人仲間はこう話す。「艦これ棒が大当たりしてメディアにもてはやされていましたが、最近は新作の棒が売れずに悩んでいたそうです」メディアが取り上げた易者棒は蓋を開けてみればほと
んど売れず、起死回生のために全財産をはたいて作ったのがグラブル棒だったという。その棒が人を傷つけたことに対して呵責の念があったのだろうと職人仲間は語った。また別の職人は「事件の後、東さんの
言動がおかしくなった。ずん信奉者が電波の弾幕を浴びせてくるとか言って家の中にアルミホイルを貼っていた」と話した。

余談・ある種の人の手記

故・東安置氏の自宅から叩き棒の材料らしきものが見つかった。それは六本の松の木だった。
彼が何を作ろうとしていたのかわからないが、これ以上東との争いに必要無いと思い燃やすことにした。

鹿島神宮暴行事件

15日朝、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮で行われたどんど焼きで絵を燃やすよう強要した男が参拝者に暴力を振るったとして現行犯で逮捕された。
男は「松明を持った星条旗タイツの女の子」の絵を持参して「これは呪いの絵だ。鹿島さんの力で浄化すれば日本海軍は再び蘇る」と訳叫び、
どんど焼きの火にくべるよう職員に強要した。止めに入った参拝者が男に顔を殴られるなどしたために職員が通報し、その場で警察に取り押さえられた。
調べに対して男は「東の方を攻める艦隊が必要だ」などと支離滅裂な供述をしているため、茨城県警は鑑定留置を視野に入れて慎重に捜査をしている。

艦国人留学生 東叩き棒文化を学ぶ

消滅危機に晒されている小多村の伝統工芸、東叩き棒の文化を後世に伝えようと保存会が努力している。
昨年春に艦国から留学してきたコ・ピペさんとガ・イジさんは東叩き棒の文化を知って、保存会に是非東叩き棒を作りたいと願い出た。
「願ってもないことでしたので涙が出そうなぐらいでした」と保存会会長は後継者の登場に顔をほころばせる。

東叩き棒は毎年夏に鎮守府神社で行われる終魂祈願祭に用いられる。東の方角を向いて「ずん」と「ずん」が従える悪魔の女の像を目掛けて叩くのだが、
参加者のマナーが年々悪化していき2015年には参加者が乱闘騒ぎを起こして祭は衰退した。
さらに東叩き棒制作の第一人者、東安置氏の死去を受けて後継者不足となり、東叩き棒の伝統は途絶えようしていた。

しかし昨年、動画投稿サイトに投稿された終魂祈願祭の動画が艦国で人気となって、それを真似たアズレン撃沈祭という祭りが執り行われた。
コ・ピペさんとガ・イジさんは小多村で購入した東叩き棒、艦これ棒を購入して撃沈祭に参加。言いようのない興奮を覚えたという。
「撃沈祭は私たちの人生を変えてくれましたが、同時に本場の終魂祈願祭が衰退したと知って悲しみも覚えました。私たちの手でもう一度蘇らせたいです」
と二人は口を揃えて語った。

現在、二人は叩き棒のうち最高傑作と呼ばれる艦これ棒に工夫を加えたものを「艦これ棒第二期」と称してネットで通販を行っている。
棒の一つ一つにはずんを呪う呪詛の言葉を、拙いながらも日本語で書き記されている。
「この夏の終魂祈願祭では多くの若者たちが私たちの作った棒を持って参加すると言っています。非常に楽しみです」
二人の熱意はやがて小多村の熱も上げることだろう。

(文責:綾瀬なずな) 

脚注・出典