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民明書房刊『中国僧の知られざる修行』より | 民明書房刊『中国僧の知られざる修行』より | ||
==『撫太郎(なでたろう)』== | |||
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江戸時代後期の穢多頭(えたとう)で、その名の通り穢多身分の元締めとして上海有栖村(じょうかいありすむら)の屠殺業と皮革業を取り仕切っていた。 | |||
卑賤身分であったために村民からは忌み嫌われ本人も自分の境遇に嫌気が差し、やがて村にある東国地方一帯の崇敬を集めていた博麗神社の神主を逆恨みするようになっていった。 | |||
その折、手泣火大神(たなかおおみかみ)と伊治祖命(いちそのみこと)を布教せんとする角川大社が村に進出してきた。神官たちは上海有栖村に大社を移転しようとして | |||
博麗神社を潰そうと企んでおり、その企みに撫太郎は乗っかった。 | |||
撫太郎は穢多身分の者とともに博麗神社の誹謗中傷と角川大社の利益を説いてまわり、一時的にではあるが村の大半の人間を改宗させることに成功する。この功績で大社から | |||
多数の信奉者を得た男ということで「得多漢(えたかん)」という名前を与えられた。 | |||
しかし角川大社の強引な布教に業を煮やした博麗神社の氏子たちは藩主に直訴し聞き入れられ、役人の手によって撫太郎は多数の穢多、神官とともに捕縛された。 | |||
撫太郎は十日間に及ぶ拷問の末に死亡し、遺骸は細かく砕かれた上で埋葬され「玄田牛一」という差別戒名を与えられて粗末な墓を建てられたという。 | |||
部落差別撤廃が叫ばれる現在でも上海有栖村では撫太郎のことを「穢多漢」と呼んで憚らず、そのせいで部落解放同盟から糾弾の対象となったが逆に「解同には10万人の | |||
撫太郎がいる」とネットで拡散を呼びかけ、徹底抗戦の構えを見せた。そのせいで部落解放同盟の実態が明らかになりつつあるという。 | |||
民明書房刊「差別反対の声は次の差別とともにやって来る」より | |||
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==『棚市(たないち)』== | |||
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終戦直後の日本には闇市がはびこったが、中でも店舗を持たず商品の陳列棚ひとつだけで行商を行う者たちが開いた闇市を「棚市」と呼んでいた。 | |||
「いつでもどこでも棚市」をスローガンにかかげて廃墟と化した都市間を移動し、軍からの流出品や禁制品を中心に売上を伸ばしていった。 | |||
また彼らの多くは憲兵くずれの愚連隊から一般人を守る用心棒的存在であり、進駐軍相手にも一歩も退かない任侠の徒でもあった。 | |||
棚市を営む者の中には男娼の世話をしたり権力者のホモコラージュ写真で設ける猛者もいたが、やがて警察の取締対象となり戦後復興期の到来で | |||
闇市とともに姿を消していった。 | |||
ちなみにゲイタウンとして有名な東京の新宿2丁目と大阪の堂山はかつて大規模な棚市が開かれており、男娼が世話されていた名残りが今も色濃く残っている。 | |||
民明書房刊『鎮守府解体の日 進駐軍の占領政策』より | |||
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==『廬李地(のいじ)』== | |||
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廬 李地[ノ イジ(No Yiji)](1990-2017 北朝鮮) | |||
北朝鮮朝鮮人民海軍「艦隊蒐集部隊」所属の提督 | |||
かつては祖国を愛する軍人の一人であったが | |||
愛国心と軍の腐敗を憎む心から「艦隊検証部」を組織し | |||
最高司令官である唐 羅国[タン ナクク(Dam Naguk)]に対し謀反を企てる | |||
その結果、彼は国賊やスパイ容疑をかけられ、ついに粛清されてしまった | |||
その後の調査で彼は軍中枢の極秘データを不正に入手し、第三者に公開するなど | |||
サイバー攻撃を行っていた他、恐喝や暴行などの犯罪歴も明るみになった | |||
また「検証部」の常軌を逸した活動は、政府、諸外国さらには部内からも | |||
たびたび問題視されており、この騒動は「艦隊蒐集部隊」の地位を貶める結果となった | |||
「検証部」の離脱者の証言によると、離反者は自宅の住所まで調べられた後 | |||
脅迫文を送りつけられるなどのストーカー行為を受けたようである | |||
なお、盧は死の間際に藤本氏の寿司を食べたかった旨を発言したとされている | |||
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==『廃犯恥謙(はいはんちけん)』== | |||
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廃犯恥謙(はいはんちけん)とは | |||
港区政府がそれまでのただ犯すだけの下劣なタナイチを廃止して | |||
恥じらいのあるタナイチを目指そうとした行政改革である。 | |||
IPまで導入した王政復古のイベスレ政変は事実上のタナイチが艦これイベスレから便所へ移っただけに過ぎず、 | |||
やさしいタナイチ集権を進めるには各地に未だ残るタナイチ大名領(ネームド民)の存在をどう呼び戻すかが問題であった。 | |||
新ホモカプ建設のためには「海陸警備ノ性」(軍事で勃起)・「教令率育ノ道」(性教育)・「審理刑罰ノ法」(法煽り)・「理財会計ノ方」(ネタ財)の | |||
4つの確立の必要性を唱え、その実現にはタナ・イチ・オカ三治制の非効率さを指摘して | |||
タナ・イチ・オカのホモカプを同一のものにする「三ホモ一致」を目指すものとした。 | |||
3つの形態に分かれた艦これ運営ホモカプを共通にしようとすれば既に港区政府から派遣されたネットに強い弁護士によって統治される形式が採られていた | |||
「タナイチ」・「タナオカ」とは違い、新カプ推進派と岡宮信者によって治められた「オカイチ」の異質性・自主性が | |||
「三ホモ一致」の最大の障害となることは明らかであった。 | |||
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==『微差栗(びさぐり)』== | |||
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秦朝時代、陳勝・呉広の乱をきっかけに広まった反乱でとある秦軍の城が窮地に陥っていた。将軍は都に向けて援軍と食糧を送るよう要請するが、宦官の趙高はただ「抗戦主義」の掛け軸のみ送りつける有様だった。 | |||
やがて食糧が尽きて飢えが兵士を襲う中、城内の角に不自然に栗が置かれているのを見た将軍はそれを細かく切って兵士に分け与えた。 | |||
栗は何度も置かれていたために誰かが我々を助けようとしているのだ、と感じ取った将軍はその人物を探し出そうとする中、一人の兵士が食糧確保のために狐を射殺した。 | |||
狐の手には栗が握られており、それを見た将軍は「お前だったのか、俺たちに栗をくれたのは」と嘆き悲しんだ。 | |||
望みを絶たれた将軍は降伏したが、後に劉邦の軍勢に加わって名だたる将となった。後に将軍は「微かな命を狐が差し出した栗が繋いでくれた」と、狐を後々の代まで祀ったという。 | |||
後に日本の国語の教科書の定番の題材となった新美南吉氏の『ごんぎつね』はこの故事を元に書かれたというのは有名な話であるが、今では現場で苦しんでいるのに上司が助けてくれない状況を微差栗と揶揄することが多い。 | |||
民明書房刊『腹が減っては戦はできぬ 戦争における補給線の重要性』より | |||
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==『田無場(たなしば)』== | |||
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墾田永年私財法が成立した後、藤原謙介という貴族はあちこちで田を開墾し私有地としていった。 | |||
ところがあまりにもの強引な手法で開発が進められたために法を停止しして、墾田を没収しようという動きが起きた。 | |||
そのため謙介は開墾した土地のあちこちに「田無場」という地名をつけて田で無いことをアピールし、没収を免れたという説話がある。 | |||
後に謙介は田から得た利益を元に遣唐使船の建造事業に着手してさらなる莫大な利益を手にするが、菅原道真の遣唐使廃止とともに謙介一門は没落した。 | |||
なお近年の研究で謙介は「田無場」以外にも「芝生地(しばふっち)」という地名をつけていたことが判明し、現地との関わりについての解明が期待されている。 | |||
民明書房刊「土地活用の日本史」より | |||
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==けんちん汁(※閲覧注意)== | |||
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旧日本海軍の新兵に対してのシゴキはすさまじく、中でも「歓迎会」と称して古参兵の陰茎を浸した酒を回し飲みさせられるという通過儀礼が有名であった。 | |||
しかし学徒出陣で駆逐艦秋月に配属された慶応義塾大学出身の某謙介という新兵は「歓迎会」で自分に盃が回るとおもむろに自身もブツを取り出し、酒に浸して自慰を行い | |||
精子をぶち撒けて混ぜるやそれを一気に飲み干し、古参兵を唖然とさせた。その上酔った勢いで「秋月、俺の子を産め!」と叫んであちこちに精子を撒き散らした。 | |||
この一件がきっかけで某謙介は精神異常とみなされ除隊させられ「歓迎会」も禁止命令が出たが、彼は終戦後復学して上の武勇伝を吹聴してまわった。その結果各大学の | |||
体育会系クラブがこぞって真似するようになり、いつしか某謙介の名前をもじって「けんちん汁」という隠語で呼ばれるようになった。 | |||
現在ではイジメの一種とみなされ廃れたものの、一部大学の武道系クラブや応援団、体育会系企業では男を磨く修行として飲み会の場で密かに行われ続けているという。 | |||
民明書房刊「実録!ザ・シゴキ」より | |||
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==事実確認ごっこ== | |||
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マルコス独裁政権下のフィリピン共和国の若者の間で、マルコス大統領とイメルダ夫人を揶揄する遊びが密かに流行っていた。 | |||
内容としては主に二人の性的行為についてジョークを語って最後に"really?"(マジ?)と問いかけて、聞いた相手は"That's true."(マジ)か"That's false."(ウソ)と返事してからさらにジョークを返すというものである。 | |||
この事実確認ごっこは鬱屈した若者の何よりの憂さ晴らしになっていた。 | |||
時同じくして第二次大戦で生き延びた日本兵が潜伏してゲリラ戦を行っていたが、彼らは敗戦を受け入れず抵抗を続け、時折在比米軍に対してマッカーサー元帥を罵倒するビラを配っていた(いまだにマッカーサーが | |||
フィリピンを支配していると思いこんでいた)。ビラは米軍兵士の尻吹き紙に使われたが、その一部がフィリピンの若者に伝わって事実確認ごっこの材料にされたこともあったらしい。 | |||
民明書房刊「フェイクニュースの時代を生き延びるためのファクトチェック」より | |||
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==脚注・出典== | |||
<references /> | |||
{{DEFAULTSORT:えせれきししりーず}} | |||
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[[Category:ネタ]] | |||
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