宮沢謙治作品集

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『みなとく』(元ネタ:やまなし)

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/05/21(土) 10:29:26 ID:3MAYpTlwO
 小さな前の川の底を写した二枚の青い幻燈です。

一、三月 二十四戦目 江田島

 二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。
『キヌボンはわらったよ。』
『キヌボンはかぷかぷわらったよ。』
『キヌボンは跳ねてわらったよ。』
『キヌボンはかぷかぷわらったよ。』
 横の方や前の方は、青くくらく幽霊のように見えます。そのすし詰めの通路を、暗い顔色をしたゾンビが流れて行きます。
『キヌボンはわらっていたよ。』
『キヌボンはかぷかぷわらったよ。』
『それならなぜキヌボンはわらったの。』
『知らない。』
 列が流れて行きます。蟹の子供らもぽっぽっぽっとつづけて五六冊、薄い本を買いました。
 つうと背中に差したポスターをひるがえして、一疋の海鮮が通路の横を過ぎて行きました。
『キヌボンは死んだよ。』
『キヌボンは殺されたよ。』
『キヌボンは死んでしまったよ………。』
『殺されたよ。』
『それならなぜ殺された。』
 兄さんの蟹は、かばんの右側の四冊の中の二冊を、弟の平べったい鞄にいれながら云いました。
『わからない。』
 海鮮がまたツウと戻って入り口のほうへ行きました。
『海鮮はなぜああ行ったり来たりするの。』
 弟の蟹がまぶしそうに眼を動かしながらたずねました。
『何か悪いことをしてるんだよ。』
『してるの。』
『うん。』

二、七月 二十六戦目 舞鶴

 蟹の子供らはもうよほど大きくなり、前の川の景色も春から夏の間にすっかり変りました。
 蟹の子供らは、あんまりイベントが楽しいので、今回はサークル参加で入り口の方を見ていました。
『やっぱり僕の本は分厚いね。』
『兄さん、わざと分厚く作ってるんだい。僕だってわざとならもっと分厚く作れるよ。』
『作ってごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが作るから見ておいで。そら、ね、分厚いだろう。』
『分厚かないや、おんなじだい。』
『近くだから自分のが分厚く見えるんだよ。そんなら一緒に作ってみよう。いいかい、そら。』
『やっぱり僕の方が分厚いよ。』
『本当かい。じゃ、も一つ作るよ。』
『だめだい、そんなに寄稿させては。』
 またお父さんの蟹が出て来ました。
『もう戻れ戻れ。遅いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』
『お父さん、僕たちのコピ本どっち分厚いの』
『それは兄さんの方だろう』
『そうじゃないよ、僕の方分厚いんだよ』弟の蟹は泣きそうになりました。
 そのとき、トプン。
 黒い円い大きなものが、入り口の右側から見えてずうっとしずんで又左側へのぼって行きました。
『キヌボンだ』子供らの蟹は頸をすくめて云いました。
 お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云いました。
『そうじゃない、あれは焼きアワビだ、屋台が出てるぞ、ついて行って見よう、ああいい匂いだな』
 なるほど、そこらの赤レンガパークの外は、屋台からのいい匂いでいっぱいでした。
 三疋はぼかぼか流れて行く焼きアワビのあとを追いました。
 その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合せて六つ踊るようにして、焼きアワビの円い影を追いました。
『どうだ、やっぱり海軍カレーだよ、よく煮えている、いい匂いだろう。』
『おいしそうだね、お父さん』
『待て待て、もう少しばかり待つとね、商工会が日本酒を持って来る、それからひとりでにおいしいお酒が出てくるから、さあ、もう戻ろう、おいで』
 親子の蟹は三疋自分等のスペースに帰って行きます。

        *

 私の幻燈はこれでおしまいであります。 綾瀬なずな

『訣便の朝』(元ネタ:永訣の朝)

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/05/20(金) 00:09:57 ID:4BYw1qhE0
訣便の朝
いちそとてちてけんすけや
(いちそをとつてきてください)

Ora Orade Shitori egumo
(イベスレは便所へひとりいきます)

うまれでくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる
(またジャンルがうまれてくるときは
こんなに界隈のことばかりで
くるしまないやうにうまれてきてほしい)

サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

『批判の多い運営店』序(元ネタ:注文の多い料理店 序)

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/05/22(日) 15:45:48 ID:SE/yWBAo0
『批判の多い運営店』序
これらのわたくしのおはなしは、みんな港やタナカスファンタジーや帝国海軍やらで、海やwikiからもらってきたのです。
ホんとうに、みなとくの赤い塔を、アニメに注文したり、常磐線の島風看板のまえに、ふるえながら立ったりしますと、
モうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
ホんとうに
モう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり運営したまでです。
ですから、これらのなかには、提督のみなさんのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、
わたくしには、そのみわけがよくつきません。
なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
けれども、わたくしは、これらのかんむすのものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのこんてんつになることを、
どんなにねがうかわかりません。

平成二十八年五月三日
宮沢【謙】治

『ケンスケと絵師』(元ネタ:オツベルと象)

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/06/11(土) 10:18:38 ID:08nBV3KA0
ケンスケときたら大したもんだ。朝からTwitterで情報を流して、クマクマクマクマクマと、大そろしない語尾を呟いている。
十六サーバーの提督どもが、顔をまるっきりまっ赤にしてマウスクリックして羅針盤をまわし、小山のように積まれた深海棲艦を片っぱしから沈めて行く。
味方はどんどん大破させられ、ドックに入れられる。そこらは、修復バケツ一発で、変にぼうっと回復し、まるで魔法のみずのようだ。
そのうすくらい苦行場を、ケンスケは、第二種軍装を身につけ、、クソリプしてきたやつをブロックしながら、エゴサして見つけたアンチもブロックして、ぶらぶら往ったり来たりする。
住み家はずいぶん一等地で、上級国民しか住めないのだが、何せ自分の作ったクソゲーを、信者たちが支えてるから、クマクマクマクマふるうのだ。
中にはいるとそのために、すっかり金の亡者になるほどだ。そしてじっさいケンスケは、そいつで上手に金を稼ぎ、稼ぎどきには、鍋敷きにしかならない資料集だの、雑巾レベルのコミカライズの、簡単な書籍を出すのだ。とにかく、そうして、クマクマクマクマやっていた。
そしたらそこへどういうわけか、その、絵師がやって来た。上手い絵師だぜ、トレパク野郎なんかでないぜ。どういうわけで来たかって? そいつは上手い絵師のことだから、たぶん角川がスカウトして、ただなにとなく来たのだろう。
そいつが住み家の入口に、ゆっくり顔を出したとき、C2プレパラート社員どもはぎょっとした。なぜぎょっとした? よくきくねえ、タナコロストーカーかも知れないじゃないか。
かかり合っては大へんだから、どいつもみな、いっしょうけんめい、じぶんの仕事をしていた。
ところがそのときケンスケは、ならんだサーバーPCのうしろの方で、腕を組みながら、ちらっと鋭く絵師を見た。それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、いままでどおり往ったり来たりしていたもんだ。
するとこんどは絵師が、艦娘の絵を描きはじめたのだ。社員どもはぎょっとした。それでも仕事が忙しいし、かかり合ってはひどいから、そっちを見ずに、やっぱり自分の仕事をしていた。
ケンスケは奥のうすくらいところで腕を組んだまま、も一度ちらっと絵師を見た。それからいかにも退屈たいくつそうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭のうしろに組んで、行ったり来たりやっていた。
ところが絵師が威勢よく、PCを借りて、下書きをスキャンして取り込もうとする。社員どもはぎくっとし、ケンスケもすこしぎょっとして、クマッという言葉をはきだした。それでもやっぱりしらないふうで、ゆっくりそこらをあるいていた。
そしたらとうとう、絵師がのこのこ上って来た。そして空いているPCを、呑気に無断使用しはじめたのだ。
ところが何せ、PCはひどく古びていて、せっかく描いた夕立と霰が、カクカクしてうまく塗れないのだ。絵師はいかにも塗りにうるさいらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわ らっていた。
ケンスケはやっと覚悟をきめて、サーバーPCの前に出て、絵師に話をしようとしたが、そのとき絵師が、とてもきれいな、艦娘みたいないい声で、こんな文句を云ったのだ。
「ああ、だめだ。あんまり処理速度が遅く、フリーズしやがる。」
まったく筆は、カクカクカクカク動き、また塗りがはみ出る。
さあ、ケンスケは命懸だ。組んだ腕を下ろし、度胸を据えて斯云った。
「どうだい、此処は面白いかい。」
「面白いねえ。」絵師がからだを斜めにして、眼を細くして返事した。
「ずうっとこっちに居たらどうだい。」
社員どもははっとして、息を殺して絵師を見た。ケンスケは云ってしまってから、にわかにがたがた顫え出す。ところが絵師はけろりとして
「居てもいいよ。」と答えたもんだ。
「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」ケンスケが顔をくしゃくしゃにして、まっ赤になって悦びながらそう云った。
どうだ、そうしてこの絵師は、もうケンスケの財産だ。いまに見たまえ、ケンスケは、あの絵師を、二束三文ではたらかせるか、ラノベイラストレーターとして売りとばすか、どっちにしても億以上もうけるぜ。

ケンスケときたら大したもんだ。それにこの前自分のオフィスで、うまく自分のものにした、絵師もじっさい大したもんだ。画力も10000user入りぐらいある。第一デッサンが上手で、塗りはぜんたいきれいな彩 色ができている。造形も全体、現代風で萌えツボを抑えた画風なのだ。そしてずいぶんはたらくもんだ。けれどもそんなに稼ぐのも、やっぱりプロデューサーが偉いのだ。
「おい、お前はTwitterはしないのか。」パーテーションで区切ったその仕事部屋の前に来て、ケンスケは腕をくみ、顔をしかめて斯う訊いた。
「ぼくはTwitterはしないよ。」絵師がわらって返事した。
「まあアカウント持って見ろ、いいもんだ。」斯う言いながらケンスケは、ステマ用にこさえた複垢の一つを、絵師の垢にしてやった。
「なかなかいいね。」絵師も云う。
「プロフ画もなくちゃだめだろう。」ケンスケときたら、自分のお気に入り絵師に描かせた絵をさ、そのアイコンにくっつけた。
「うん、なかなか絵はいいね。」三ツイートして絵師がいう。
「フォロワーをつけたらどうだろう。」
「ぼくはフォロワーなどいらないよ。」
「まあつけてみろ、いいもんだ。」ケンスケは顔をしかめながら、絵師の垢をフォローして、自分の垢で宣伝した。
「なかなかいいね。」絵師も云う。
「TLに艦これの宣伝をつけなくちゃ。」ケンスケはもう大急ぎで、四百キロバイト分ある宣伝文句をツイートして、ねじ込んだ。
「うん、なかなかいいね。」絵師はどんどんリツイートされるのをみて、さもうれしそうにそう云った。
 次の日、Twitterのアカウントと、自分のフォロワーはそっちのけで、絵師はpixivに投稿するだけで、大よろこびで仕事して居った。
「済まないが新艦娘を描くから、今日はすこうし、かわいいヤツを描いてくれ。」ケンスケは両手を胸の前で組んで、顔をしかめて絵師に云う。
「ああ、ぼく新艦娘を描こう。もう何人でも描いてやるよ。」
 絵師は眼を細くしてよろこんで、そのひるすぎに五人だけ、新艦娘を描き上げて来た。そしてケンスケに見せた。
 夕方絵師はアパートに居て、コンビニ弁当をたべながら、西の三日の月を見て、
「ああ、稼ぐのは愉快だねえ、さっぱりするねえ」と云っていた。
「済まないが彩樹がまたごねた。今日は少うし天龍型と、初春子日叢雲を描き直してくれ」ケンスケは第二種軍装の白い帽子をかぶり、両手をかくしにつっ込んで、次の日絵師にそう言った。
「ああ、ぼく描き直そう。いい天気だねえ。ぼくは彩樹さんの描く艦娘は大すきなんだ」絵師はわらってこう言った。
ケンスケは少しムカッとして、拳を振り上げようとしたがもうあのときは、絵師がいかにも愉快なふうで、ゆっくり描きだしたので、また安心して腕をくみ、小さな咳を一つして、社員どもの仕事の方を見に行った。
そのひるすぎの半日に、絵師は全部の艦娘を描き直し、眼を細くしてよろこんだ。
晩方絵師はアパートに居て、カップラーメンをたべながら、西の四日の月を見て
「ああ、せいせいした。サンタマリア」と斯うひとりごとしたそうだ。
その次の日だ、
「済まないが、新しいアンソロジーを出すことになった、今日は少うし32p分の、漫画を描いてくれないか」
「ああ、描いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、下書きなしで、1p30分で描けるよ」
ケンスケはまたムカッとしたが、気を落ち付けてわらっていた。
絵師はのそのそ仕事場へ行って、べたんと椅子に座り、ネームも含めて半日漫画を描いたのだ。
その晩、絵師は自宅アパートで、おにぎりをたべながら、空の五日の月を見て
「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」と斯う言った。
どうだ、そうして次の日から、絵師は朝からかせぐのだ。ご飯も昨日はただLチキだ。よくまあ、チキンなどで、あんな力がでるもんだ。
じっさい絵師はけいざいだよ。それというのもケンスケが、頭がよくてえらいためだ。ケンスケときたら大したもんさ。

ケンスケかね、そのケンスケは、おれも云おうとしてたんだが、居なくなったよ。
まあ落ちついてききたまえ。前にはなしたあの絵師を、ケンスケはすこしひどくし過ぎた。しかたがだんだんひどくなったから、絵師がなかなか笑わなくなった。時には燃える龍の最期のような眼をして、じっとこんなにケンスケを見おろすようになってきた。
ある晩絵師はタコ部屋で、ローソンコラボの菓子をたべながら、十日の月を仰ぎ見て、
「苦しいです。サンタマリア。」と云ったということだ。
こいつを聞いたケンスケは、ことごと絵師につらくした。
ある晩、絵師はタコ部屋で、ふらふら倒れて地べたに座り、何もたべずに、十一日の月を見て、
「もう、さようなら、サンタマリア。」と斯う言った。
「転載禁止(´・ω・`)おや、何? さよならなの?」月が俄に絵師に訊く。
「ええ、さよならです。サンタマリア。」
「転載禁止(´・ω・`)何よ、なりばかり大きくて、からっきし意気地のないやつね。Twitterに書いたらいいじゃない。」月がわらって斯う云った。
「パソコンもスマホもとりあげられてありませんよう。」絵師は細ういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
「そら、これナリ。」すぐ眼の前で、汚い男の声がした。絵師が頭を上げて見ると、黒いスーツの肥満男が立って、スマートフォンを捧げていた。絵師は早速ツイートした。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」
男はすぐにリツイートして、togetterでまとめを行った。
黒スーツの肥満男が、そうして1万リツイートを獲得したのは、ちょうどひるめしごろだった。このとき艦これアンチどもは、愚痴スレでおもちゃの憲兵の相手などをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。
「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
アンチは一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠えだした。
「ケンスケをやっつけよう」ドラえもんアイコンのアンチが高く叫さけぶと、
「おう、でかけよう。タナコロ、タナコロ。」みんながいちどに呼応する。
さあ、もうみんな、荒らしのように肥溜めをなきぬけて、タナコロ、タナコロ、港区の方へとんで行く。どいつもみんなきちがいだ。小さな信者などは根こぎ開示になり、ゴロ絵師や東方アンチもめちゃめちゃだ。
おほー おほー おほー おほー、豚みたいに港区の中へ飛び出した。それから、何の、走って、走って、とうとうビルが乱立した港区のはてに、ケンスケのマンションの白い建物を見附ると、アンチはいちどに噴火した。
タナコロ、タナコロ。その時はちょうど一時半、ケンスケは羽毛の布団の中でひるねのさかりで、吹雪の夢を見ていたもんだ。あまり大きな音なので、ケンスケの社員どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向うを見た。
デモ隊のようなアンチだろう。島風より早くやってくる。さあ、まるっきり、血の気も失せてかけ込んで、
「社長お、タナコロです。押し寄せやした。社長お、タナコロです。」と声をかぎりに叫んだもんだ。
ところがケンスケはやっぱりえらい。眼をぱっちりとあいたときは、もう何もかもわかっていた。
「おい、絵師のやつはタコ部屋にいるのか。居る? 居る? 居るのか。よし、戸をしめろ。戸をしめるんだよ。早くタコ部屋の戸をしめるんだ。ようし、早く警察を呼べ。逮捕させちまえ、畜生めじたばたしやがるな、警察をそこへ呼びつけろ。何ができるもんか。殺害予告しか脳がない奴らだ。ようし、宣伝ツイートしろ。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどはアフィだ。アフィで扇動しろ。やらおんをつかえ。煽り。煽り。そうだ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ。」ケンスケはもう支度ができて、ラッパみたいないい声で、社員どもをはげました。ところがどうして、社員どもは気が気じゃない。
こんな無能に巻き添いなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕に巻きつける。降参をするしるしなのだ。

ケンスケはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。ケンスケの愛人イチソも気が立って、火のつくように喘ぎながら、部屋の中をはせまわる。
間もなく地面はぐらぐらとゆられ、そこらはばしゃばしゃくらくなり、アンチはマンションをとりまいた。タナコロ、タナコロ、その恐ろしいさわぎの中から、
「今助けるから安心しろよ。」やさしい声もきこえてくる。
「ありがとう。よく来てくれて、ほんとに僕はうれしいよ。」タコ部屋からも声がする。さあ、そうすると、まわりのアンチは、一そうひどく、タナコロ、タナコロ、玄関口のまわりをぐるぐる走っているらしく、度々中から、怒ってふりまわす腕も見える。けれども玄関口はセコムで、中には警備システムが入っているから、なかなかアンチも入れない。部屋の中にはケンスケが、たった一人で叫んでいる。社員どもは眼もくらみ、そこらをうろうろするだけだ。
そのうち外のアンチどもは、警備システムをぶち壊して、いよいよ中に入りかかる。だんだんにゅうと顔を出す。その皺くちゃで灰いろの、怒りに満ちた顔を見あげたとき、愛人イチソは気絶した。さあ、ケンスケは詠みだした。
人の心を動かすポエムさ。私は大和、タナコロ、何度も何度も襲ってきます。タナコロ、ホテルですって? 違います! タナコロ、ところが心に響かない。ただ苦笑だけがはねかえる。一人なぞは斯う言った。
「結婚おめでとうソングの方がまだマシだ。」
ケンスケはいつかどこかで、こんな文句をきいたようだと思いながら、股間に手を伸ばした。そのうち、アンチの包丁が、戸からこっちへはみ出した。それからも一つはみ出した。五人のアンチが一ぺんに、包丁とともにどっと踊り込んで来た。ケンスケは股間を握ったまま、もうぐしゃぐしゃに刺されていた。早くも戸があいていて、タナコロ、タナコロ、アンチがどしどしなだれ込む。
「タコ部屋はどこだ。」みんなは中に押し寄せる。警察なんぞは、来たときにはもう手遅れで、あの絵師は大へん瘠せて部屋を出た。
「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばによったが、みんな手錠をかけられていた。
「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」絵師はさびしくわらってそう云った。
あほ〔一字不明〕、こえちゃいけないラインはこえちゃいけないったら。

脚注・出典