「提督のずる休み」の版間の差分

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C2機関(C2プレパラート)の設立は2011年、CC2(コンテンツクラッカー)の設立は2012年であるため、これらの名義で2013年開催のC84に参加する場合は企業として申し込まなければならない。<br>
C2機関(C2プレパラート)の設立は2011年、CC2(コンテンツクラッカー)の設立は2012年であるため、これらの名義で2013年開催のC84に参加する場合は企業として申し込まなければならない。<br>
しかし[https://archive.md/nMit2 機関員であるkyouのC84での告知]を見ればわかるように、C2機関は同人サークルとして参加<ref>kyouの告知ではC2機関のブースを【ミ-12b】としているが、企業ブースであれば表記は数字3桁になるため、逆説的に同人サークルとしての出展ということになる。</ref>しており、これは虚偽申告による明確な規約違反と言える。
しかし[https://archive.md/nMit2 C2機関のメンバーであるkyouのC84での告知]を見ればわかるように、C2機関は同人サークルとして参加<ref>kyouの告知ではC2機関のブースを【ミ-12b】としているが、企業ブースであれば表記は数字3桁になるため、逆説的に同人サークルとしての出展ということになる。</ref>しており、これは虚偽申告による明確な規約違反と言える。


とは言え、当時はまだC2プレパラートの存在どころか田中謙介の周囲の事情も不透明な部分が多かった為、「角川所属の田中謙介が、自分の同人サークルで艦これの趣味本を出した」くらいの認識でしかなかった事、艦これ界隈の熱狂ぶりと批判は出次第即封殺の流れにより、何かあっても大きな問題として取り上げられる事はなかった…<b>冬休みが出るまでは</b>。
とは言え、当時はまだC2プレパラートの存在どころか田中謙介の周囲の事情も不透明な部分が多かった為、「角川所属の田中謙介が、自分の同人サークルで艦これの趣味本を出した」くらいの認識でしかなかった事、艦これ界隈の熱狂ぶりと批判は出次第即封殺の流れにより、何かあっても大きな問題として取り上げられる事はなかった…<b>冬休みが出るまでは</b>。
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