「ZZ(クソアニメ2期)本放送編」の版間の差分

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十年も前の初期構想を今になって需要ガン無視で全面に押し出してきたのは、'''C2機関は「同人サークルのノリで賛同者とワイワイやりたい」から'''である。故にアニメ二期は完全に身内向けの作品であり、脚本が「ミリタリー知識の脳内補完が大前提」というアニメ内での説明を放棄した代物になっているのはその証左。要するに、アニメ二期とは'''「Pのお人形遊び」'''である。
十年も前の初期構想を今になって需要ガン無視で全面に押し出してきたのは、'''C2機関は「同人サークルのノリで賛同者とワイワイやりたい」から'''である。故にアニメ二期は完全に身内向けの作品であり、脚本が「ミリタリー知識の脳内補完が大前提」というアニメ内での説明を放棄した代物になっているのはその証左。要するに、アニメ二期とは'''「Pのお人形遊び」'''である。


「艦これ」にとって重要なのは「日本の軍艦が戦うこと」「史実海戦の再現」であり、それ以外の要素(戦う理由や敵の正体等)は極論どうでもいい。アニメ二期同様に「戦って沈むこと」自体が作品の目的なので敵の正体に触れられることはなかった。'''Pがどうでもいいと思っているのだから、視聴者が考えるのも当然無駄である。'''
「艦これ」にとって重要なのは「日本の軍艦が戦うこと」「史実海戦の再現」であり、それ以外の要素(戦う理由や敵の正体等)は極論どうでもいい。アニメ二期も同様に「戦って沈むこと」自体が作品の目的なので敵の正体に触れられることはなかった。'''Pがどうでもいいと思っているのだから、視聴者がそれを考えるのも当然無駄である。'''


今後「艦これ」でほのぼの系アニメが作られることはない。なぜなら「海軍の悲哀」を表現できないからである。そもそもPの言う悲哀自体が史実の過程(戦争の中での一戦闘)だけを追いかけている代物であり、それが起こるまでの経緯や起こった後の結末などを補完しない不完全でお粗末極まりない代物である。
今後「艦これ」でほのぼの系アニメが作られることはない。なぜなら「海軍の悲哀」を表現できないからである。そもそもPの言う悲哀自体が史実の過程(戦争の中での一戦闘)だけを追いかけている代物であり、それが起こるまでの経緯や起こった後の結末などを補完しない不完全でお粗末極まりない代物である。
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